チガウカラー by Seedless -2ページ目

チガウカラー by Seedless

「色」をテーマに短くて抽象的なストーリーを紹介していきます。
光の角度によって違う輝きをみせる玉虫色のようなストーリー。
読む人の心の状態によって印象がかわり、決して完結しないため、結論は読み手がそれぞれの創造を膨らませて楽しめるように。

人生を生きるに当たって面白いこと。

それは未知の可能性に想像をめぐらせる事。

まだ来ないこれからについての可能性は木の幹から茂る緑の枝のよう。

木事体がその方向に枝を伸ばす事を決めた時。

そこから新しい木の芽が芽生えてまたエンドレスに新しいものが生まれて行く。

例えば先が見えているものはそれが幸せな事象であっても、

不幸な事象であっても、

エンディングが簡単に予知できてしまうだけでそのドラマティックなアトラクションを失ってしまう。

だから人はいつもエンディングを知覚しないように努力する。

パートナーのムートはとてもナイーブなので昨日みた夢は話せない。 

冷たい東欧の街の中にある公園に池があった。 

何故かそこであまりの水のつめたさに溺れかけていた私。

両親が池のほとりのベンチに座ってそれを見ていた。

なんとか彼らの注意を引こうともがいている私。

溺れている私に気がついて父が池に飛び込んだ。

私の傍まで泳ぎついた父は私の後へまわった。

混乱する中、なんとかして落ち着きを取り戻そうとしている私。

氷のようになって感覚を失ってしまった手足を動かしつづける私。

水面から顔を出していられるように必死にもがいている私。

その私の頭を父は再び冷たい水の中に沈めた。

ほとりに立ってこちらを静かにみつめている母を見る。

彼女は無表情だ。

その後あまりにもがく私に諦めたのだろうか。

父は私を助け二人で池のほとりの母の所まで泳ぎついた。

それが昨日見た私の夢。

最近両親には何度か電話していた。

いつも留守だった。

夢の続きはこうだった。

父と母と公園を出るために歩いている。

私は母に聞こえないように父に言った。

「理由は聞かない。

でもパパは私を殺そうとした。

そしてそれを私は知っている。

でも、ママには言わない。」 

彼は無言で首を振ってそれを否定する。

現実の父はとても道徳的な人だ。

とても現実の父があんな行動をとるとは思えない。

でも私は知っている。

父だけではない、そして私だけでも。

誰もが皆、恐ろしく獰猛で無慈悲な心を飼っている事を。

一度その檻の扉を開いてしまったら最後のそれ。

それは決して聖人などいないと思わせる。

完璧なんてものからは到底遠い人間。

それを思って私は少しほっとする。

すべてが完成してしまったものはつまらないと。

完璧なものはどこか悲しいオーラを持っている。

それは想像という一番の自由を封じ込められてしまっているから。

これは私の考え。

でもムートは違う。

ムートはいつでも最高を完璧なものを目指す。

、それらを心から望み、それらを美しいと思っている。

だから昨日みた夢はムートには話せない。

私は完璧ではないムートが好き。

完璧ではない私達の関係を気に入っている。

でもムートは違う。

理想を描き、少しでもその理想に近づくための努力を彼は惜しまない。

そしてやっぱりそれを美しいと思っている。

だから私は出来る限りムートの描く完璧な私像を演じるために努力する。

それはちっとも辛い事ではない。

本当に?

出来あがったものではなくそこへ向かうまでの過程が最高である。

美しいものである。

そう思っている私にとって、それは本当だ。

私はアメーバ。確固たる姿を持たない。

外部の状態に合わせて自分を自在に変化させそこで生きようとする。

そんなアメーバだって素敵だ。

私は一本の発展途上な木。

私からはたくさんの枝が伸びている。

その枝は私が望めばどこまでだって伸びてくれる。

私の枝にはたくさんの違った色の葉っぱや花が咲いている。

実だってなる。

成長した枝は誰かが切り取ったりしないかぎりはずっと私の一部。

たとえ私がその枝を伸ばす事をやめても。

そこにもう新しい葉が生えなくなっても。

枝は私の一部として残る。

人生はそんなものだ。

そして人も。

たくさんの枝、たくさんの葉、花、実がめぐりめぐる。

今までたくさん伸ばした枝。

その幾つかはもう成長していない。

でも私はそれらをいまでも大切に私の一部としてとってある。

それを投げ出してしまう事は簡単だし、潔い事かも知れない。

でもちょっと待って。

一度切り落としてしまった枝はもう2度と戻ってこない。

自分の一部である事を放棄したら、そこでストーリーは終ってしまう。

想像の余地も、奇跡の可能性をもあなたは放棄したいの? 

私という木は私だけにしか決して理解されることのない混沌。

そしてそれが私の生きる文脈。

忙しかった仕事が最近一段落した。


今日1日をのんびりオフィスで過ごすであろう事を知っている。
忙しい朝はミキサーで作るバナナジュースを急いで飲んで出勤。
反対に今日のようなのんびりした日はロイヤルミルクティーを楽しめる。


本日の通勤の音にはピアノソナタを聞こうかな。


 

そして出発。


 

今日はなんだか調子が良い。


これからの1日、末広がりに楽しめるかもと理由もなく確信出来る。


 

お天気も最高。


気温も丁度いい。


 

バス停までの距離は3ブロック、徒歩5分。


この街はエリアごとに基本色がある。


その街の色彩で自分のいる所が分るようになっている。


 

もう住み始めて随分になるこのエリアは緑色が基本色。


ここ数年の流行りは透明の黄緑色。
未来的な感じだ。



オレンジ色が基本色のチャイナタウンを抜ける。


するとオフィスのあるダウンタウン金融街。


ここの基本色は赤色だ。


 

街を走るバスは真っ白。


大きく路線番号が立体映像装置で前、後ろ、両脇に映写されている。


いつもはオフィスからほんの目と鼻の先にあるバス停に止まるバスに乗る。


が今日に限っていつものバスは来ない。


仕方なくオフィスからは遠くなるが始業時間に到着できそうなバスに乗った。


 

真っ白なバスに乗りこみ一人がけの一番後ろの席に座る。


音のボリュームをあげて、これから約20分。


ゆっくりと流れるピアノの音にひたれる。


途中、チャイナタウンの辺りですごい数のパトカー、消防車が通りすぎた。

街のオレンジ色が徐々に濃くなり真っ赤な街に入った。


 

ダウンタウンの象徴である2本の海面まで達しそうな高い高層ビルを見た。 
双子のビル「ジェミナイタワー」の一つに大きな穴があいている。

真っ赤な街に真っ黒な大きな穴は地獄を想像させる。


赤と黒は残酷な感じのする組み合わせだ。


おそろしい暗い大きな穴とは対照的に澄みきった水の色。


 

素晴らしい天気は変わらない。

これは天災ではない。


嫌な予感を本能がキャッチするのを自制した。

思考回路を無理やりストップさせる。


バスは終点に到着。


数ブロック先には真っ赤なビルに黒い大きな穴があいたジェミナイタワー。


最近なりを潜めていたテロかもしれない。


オフィスに連絡をしようと通り向こうの公衆電話を目指す。


周りのざわつきが一層増した気がした。


海面の方を見上げると同時に目の前のタワーから大きな爆発が起こった。


赤いビルから大きな津波がおしよせる。


ビルからは点々と見える赤いものが津波と一緒に流れ出した。


真っ赤なさんごの柱が砕ける。


水はとても暗くて淀んだ色。


その水飛沫をかぶるのが嫌だった。


 

周りの赤いビル群の影になるようにチャイナタウンを目指して歩いた。


赤い街の一角ダウンタウンの象徴の双子ビルはそれから間も無く倒壊した。


誰かがインタビューで語っていた。 


小さなころ迷子になった時の母親からのアドバイス。


「ジェミナイビルを探しなさい。

そうすれば方角が分り自分のいる場所を確認出来るから。」

 


彼女は双子のタワーを単なる道しるべとしてではなく心の指針をたどる物の隠喩としてその崩壊を嘆いていた。


 


街の富、権力の象徴であった真っ赤な双子のビル。


赤い街はまるで地上で起こった昔の戦争の後のようだった。


地上に人がいたころもそう。


そして海の底に来てからも理想や平等は実現されていない。


富、権力は一所に集まってしまうらしい。


富、権力は独りが嫌いなようで集まると大きな力になる。


小さいとあまり自己主張もしない。


大人しく自分の本来の役目をまっとうしてくれるのに。


 

赤いダウンタウンは勢いとパワーがあった。


尋常でないほどのスピード感溢れる街の特性は麻薬のように人々を魅了する。
常に自分を失わない努力をしていないとその勢いに流されてしまう。


赤い街に飲みこまれてしまった人達は街と同じように赤い。


体内時計のスピードがどんどん早くなり、考える時間はない。


 

たくさんの赤い人達が自分を救う為に自分の心を開放する時を待たずしてそれは起こった。


 

原因要因の蓄積があふれた途端に起こるアレルギー反応のよう。


一気に崩壊がはじまる。


ジェミナイビルを崩壊させたのは反体制グループ。


 

彼らは地獄ををこう表現していた。


「真っ黒な淀んだ水の大津波で永遠に混沌とした水の中で生きる。」


 

今朝目撃したあのジェミナイビルの大津波の様子。

それは地獄絵図だった。


地獄への扉が口を開いたかの様に見えた。


 

自爆テロだったあの大津波のビルの中で死んでしまったたくさんの赤い人達はどこへ。


 

この世界の本当を知りたいと思った。


 

ダロは歴史として人類が海の底へ生活の場を移した事を学ぶ世代。

ママとパパから溢れんばかりの愛情を受けて育ったダロ。

ダロは古代の地図でいうと旧地中海エリアの海底生まれ。

黒髪とキレイなビオラ色の瞳はママ譲り。

細身で長身なのはパパ譲り。


5人兄弟の末っ子。

一番上の兄は客船の船長で1年のうちを殆ど外洋で過ごす。

そんな兄が家に戻ってくるたびに話してくれる外の世界の話。

ダロはビオラ色の瞳をかがやかせて兄の話に聞き入ったもの。


ダロのパパは町で一番美味しいと言われる料理店のシェフだった。

そんなわけだからダロも食には深い思い入れがある。

やさしいママはいつも家にいてダロ達とパパの帰りを待った。


ダロが22歳になった時、彼は決心を固める。

住み慣れた町、涙があふれるほど大好きな両親家族の元。

それを離れて独りで外洋を越えてみることを。


ダロの決心の内訳は2つ。

一つはパパのようなシェフではなく料理店をマネージする学問を学ぶ事。

もう一つはママのような素敵な女性にであって恋する事。


ダロがやって来たのは古代最も栄えた王国だったといわれる大陸の下の海。

その大陸は古代の大きな戦争であとかたもなく崩壊したそうだ。

どんな人たちが暮らしていたんだろうかとダロはいつも考える。

もっとも、現在地上には大陸と呼ばれるような大きな陸地など皆無に等しいのだけれど。

その大きな海の底は古代の栄華を誇るかのように現在でも華やかな海都として知られる。

世界中の海からたくさんの人たちが集っている大きな街。

そこには数々の違った文化が持ち込まれている為、人付き合いには独特の特徴がある。

人々はお互いを尊重しあい、同時にあまり干渉せず適度な距離をおいて付き合うのだ。


挨拶には必ずキスとハグを、町中の皆がが家族のようにお互いを知っている。

そんなところからやって来たダロはこの街に中々馴染めなかった。

都会的な距離感は素敵だったけれど淋しかった。

1年に1度船長の兄がこの町にやってくるのを指折り数えて待っていた。


ダロはクッキングエコールでは常に素晴らしい成績で学長のお気に入り。

ある時、老舗料理店のオーナーシェフが新しくエノテカタイプの店を開いた。

その料理店オーナーとは古い知り合いの学長。

学長はお気に入りのダロがエノテカで働けるように取り計らってくれた。


ダロはその本店が大好きだった。

学生のダロにとっては非常な贅沢であるその料理店へは兄が連れて行ってくれた。

とても格調の高い店なのにパパの店にいるような暖かさが感じられた。

シェフの人柄とはこういう具合にその店に漂うものなのだろう。

料理も一言で形容するならば「やさしい」味だった。

ダロはいつか自分の町でこんな料理店を開こうと心から思ったものだった。


両親に似て、とても信心深いダロ。

毎晩ダロそのビオラ色の瞳を閉じる。

そして海の上のオレンジの月に祈る。

遠く離れた海に暮らす家族を思って。

まだ会ったことのない自分の夢の恋人を想って。

kiniro sakana

木曜日は1週間のうちで一番心が浮き踊る日だと思う。 

翌日は金曜日で、仕事もなんだか金曜日モード。

そして48時間の週末がスタートする。

木曜日は一番想像をかきたてる日だ。

週末へ向かってスピードはどんどん加速している。

それからの数日間を思って色々と考えをめぐらせるのはとても楽しい。

黄金色のブラス楽器が炎の明かりに反射したゴールドの光。

目で受けるには痛いくらいの暖かい光を見るとじわっとした幸せを感じてしまう僕。

木曜日に感じるのはその幸せと同じカテゴリーの幸せだ。

個人的というか、自分の中でふと心が暖かくなる瞬間は非常に心地いい。

誰かに話した事があったがどうやら分ってはもらえなかったようだ。

胸のあたりが苦しくなるような切ない感じの幸せ。

幸せは必ず永遠には続かない。

一度あがったものは落ちなくてはならないのが自然の摂理だ。

だから人生はいつも不安定なバイオリズムを描いている。

全ての事象は陰と陽で形成されている。

そのどちらに焦点をおいて自分におこった事件を捉えるかは個人の自由だ。

願わくはいつも陽だと感じていたいがそこが人間そうは簡単にはいかない。

しかし待てよ、陽も陰も選ぶ必要性はどれほどあるのだろうか。

アヌカの頭の中はすごい。

おびただしい数のフィルターが設置されている。

どんな小さな事も逃さず各フィルターでキャッチしては分析にかける。

ハイテクの医療機器もびっくりの高性能フィルターだ。

しかも世界に一つしかない。

冷静に物事の本当の姿を見ようと目をこらす。

耳をすませ、感性を極限まで高めてその意味を探し始める。

アヌカの目は魔術師の目だ。

一度だけ同じような目をした女の子に会ったことがある。

彼女も魔術師の目を持っていた。

魔術師の目は深い暗緑色でけっしてにごりがない。

じっと見つめられると自分の頭の中も心の中も。

何もかもを見透かされているような気がしてちょっと怖くなる。

すると彼女は少し唇の端を上げて笑い、それを見た僕も笑う。

隠そうとしてもきっとアヌカは全てを分っていて何も言わないだけなのだ。

と思うと警戒心は途端に消え去る。

アヌカはとっても魅力的で不思議な女の人だ。

彼女は決して声を荒立てて怒ったりしない。

少なくとも僕の知る限りでは泣いた事も異常にテンションが高く上がる事もない。

常にバランスされた精神状態は一緒にいる者に安心感と畏怖をあたえる。

アヌカのもう一つの特徴は他人との距離だ。

彼女は常に絶対にクロスしない他人との一定の距離を持っている。

その距離は彼女に高貴さを与えた。

気品というものは他人に対する距離感が絶妙な時に生まれるものなのかもしれない。

どんな状況においても。

どんな選択を他人がしても。

それを受け入れるだけの度量があるからこそ一歩ひいていられるのだろうか。

アヌカは決して誰かや何かを否定する事も肯定する事もない。

アヌカはアヌカ一個人としてただそこに常に確固たるものとして存在しているのだ。

人間臭さを感じさせない。

やっぱり彼女は魔術師か何かそういった現実を超越したところに近い人のようだ。

未来を見とおす力なんかもあったりするのだろうか。

いや、多分それはないだろう。

たとえそんな能力を持っていたとしてもアヌカがそれを駆使するところなんて想像出来ない。

アヌカにとって将来何が起こるかを事前に知る事は価値のないことなのだ。

これから何かが起こる。

それを事前に知ることによって人は本当にはどうしたいのだろう。

天気予報、株価予想、占い、予言。

未来を知る事によって一体どんな恩恵がその人にあるのか。

現世的な利益は勿論あるだろう。

でもそれはエッセンシャルなものだろうか。

アヌカはきっとそんな事に興味はない。

そんな静かな湖のような心を持つアヌカ。

アヌカもゴールドの炎の反射を見て幸せだと感じたりするのだろうか。

アヌカは特別変わった生活をしているわけではない。

アヌカは北欧の家具をあつかうショップのマネージャーだ。

サラリーマンの出勤時間よりは多少遅く出る出勤する。

ほうきに乗ってではなく電車をつかって出勤している。

不思議な魅力を放つアヌカ。

アヌカの働く店の入ったショッピングモール内で働く男性達。

彼らの間で静かながらに注意を集めているアヌカ。

アヌカが外部と自分を常に一定距離に保つことから醸し出される気品。

それに負けて誰もアヌカに声をかけられないでいる。

でもそれでいいのだ。

アヌカは自分を良く知っている。

そしてアヌカにとって価値のあるものを知っている。

アヌカが欲しいと思っているものをも良く知っている。

アヌカの孤高な雰囲気に尻込みしてしまうような人物。

彼らはつまりはアヌカに望まれていない者達なのだ。

アヌカは何も言わずして、自分の欲しいものを表現する。

アヌカには物事の陰も陽も同等の価値を持ったものと映るのだろう。

アヌカにとって、常に陽であること、陰であること、

そんな物事の基準判断は何の意味をもなさない。

アヌカの生きるアヌカの世界には浮き沈み、上下、

そんなふうに相反するものの存在が皆無なのだ。

すべては中庸なのだ。

だからアヌカには僕のように特別な日は1週間のうちにないのだろう。

地上に人が住まなくなって随分な時がすぎた。

海の中でも土の上でも人の心が常に平穏である事はないらしい。

争いはやっぱり起こるし、欲望は果てしない。

結局どこにいってもユートピアなんてものはないのだろう。

かといって生きる事を放棄したいわけではない。

僕はいつ自分がこの世を離れてもいいなと思っている。

現在においても過去においても自分の生活には特に際立った不満もない。

でもいつもどこかで死のもたらす新しい可能性に期待している事実は否定しない。

以前まで、海の中での生活は地上の生活に比べて色の種類が少なかった。

青、緑、紫の寒色系を基調に太陽が昇っている間は少しだけ黄色、オレンジ色の暖かい色の

反射を楽しめた。

昔からある居住区などは壁も屋根も真っ白でまるで地上に人がいた頃のギリシャみたいだった。

最近になってピンクやオレンジなんかの元気な色をつかった家やビルが増えた。

熱帯魚のようなカラフルな色の改良型深海魚がペットとしては大人気だ。

街のトレンドはサンゴをレインボーカラーに染める事。

なので、ここへ来て急に街には色があふれだした。

そういえば、海での生活が始まった直後、世界の画家の人数が激減した何かに書いてあった。

普段目にする色の絶対数があきらかに地上より少なくなったからだろうか。

逆に音楽家はもっと細分化してきたみたいだ。

水の中での楽器の演奏は今までの音とは全く違いそれに夢中になった若いアーティストのお陰だ。

そんな音楽家の1人だった僕の最後の恋人とは3年くらい前に別れた。

恋人の名前はアンサ。

今アンサにはずっと年下の恋人がいるみたいだ。

アンサは前衛音楽家でここ最近一年の半分以上は大洋を又にかけてツアーで出かけている。

この間しばらく顔を出していなかったアンサの良く行く店に久しぶりに行ってみた。

街に居るときは木曜日にアンサがいつもそこに来ていることは知っていた。

何となく会いたく思って寄ってみたのだ。

はたしてアンサはそこにいて、旧インド洋下へ行った先月のツアー以来すっかりとりこになって

しまったという一見ラムネのボトルのような真珠色のビールをごちそうしてくれた。

今アンサが幸せかどうかを尋ねたら、少し沈黙した後、幸せだと答えた。

僕が幸せなのかとアンサは僕に尋ねなかった。

きっと尋ねて僕が幸せでないと答えるのが怖かったのだろう。

もしも幸せかどうかを尋ねられていたら、僕は何と答えただろう。

アンサの幸せだという返答を聞いた後だったら、きっとただ幸せだと答えただろう。

聞く前だったらきっと幸せでないという理由がみつからないから幸せなのだろうと答えたと思う。

それは僕らしい答えだった。

本当の答えはそっちだ。

自分が本当に幸せなのかどうかは分からないが不幸である理由も見つからない。

それは平たい意味でいえばきっと幸せの中に分類されるのだろう。

アンサと居た頃はいつでもなにをやるのも2人一緒だった。

それがいつの日か自然にお互いの日常になっていった。

と同時にそれは僕達2人にとって説明しがたいジレンマにもなった。

ここのところ一人で過ごす時間が楽しくて仕方ない。

例えば新しく出来た難破船を改装した美術館。

昔の潜水艦を使った映画館。

さまざまなイベントスケジュールを調べて興味のあるものをピックアップする。

毎週毎週その1週間のスケジュールを立てる。

1人で出かける醍醐味は当たり前だが時間が全て自分だけのためにあることだ。

自分の神経を自分の心の赴くままに尖らせてチューニングする。

自身の感性のアンテナに引っかかってくるあらゆる事象をくだらないおしゃべりで決して見逃したりしない。

別に人間嫌いなわけではないが、自分自信の余暇の時間はなるべく有効に使いたいと思うわけだ。

勿論たまには友達と騒いだりするのも大事なエンターテイメントだけれど。

何事もバランスが肝心だ。

流行の海草スナックでも食べながら映画を楽しんだり。
自分のアパートで新しい絵を制作したり。

エクレクティックな料理を開発したり。

楽しみはいくらでもある。 

でも、1人でいるのが楽しい1番の理由は純粋に1人を楽しんでいるからではないのだ。

2人でいられないから1人でいる事を選んだという消去法。

僕は今でもアンサが大好き。

でも本当に今でもアンサと一緒にいたいと思っているのかは疑問だ。

きっと少し疲れた、少し諦めた、少し冷めた状態が心地良いと思う時期にあるのだろう。

誰と一緒にいるのも多分疲れるだろう。

誰かと、いやその人と一緒にいるための努力をしたいと思えなければ

僕にとって一緒にいる意味は皆無だろう。

アンサの亡霊から本当に自分自身を自由にしたいと思えるまで。

それまでは1人で静かに時を過ごしたいと思っている。

これは永遠に続くのだろうか。

魂は常にめぐる。

輪廻転生は存在するだろう。

今世において悟りに達すればこの世のあらゆるまやかしに心を翻弄される事も2度とない。

心は常に平安だ。

そしてこれまでの輪廻の中で出会った誰とも2度と会う事はないだろう。

死がもたらす新しい可能性に胸踊るくらいの期待をするようになったのは。

アンサと別れる前からだったのか、それとも後からだったのか。

それももう覚えていない。

アパートには開かずのボックスがたくさんあった。

それは緑だったり薄いブルーだったり真っ白だったり様々だった。

共通点はあの引越し以来戸棚にしまわれて空けられることもないままだったこと。

別に特にその棚を開くことに消極的だったわけではないのだけれど。

アンサと別れて今のアパートに引っ越した。

そのときに身の回りにすぐに必要ないものは適当に仕分けされた。

それらは色とりどりのボックスへしまわれてその棚へならべられた。



isoginchaku

rasen

青の階段を降りてゆく  降りて行く

見上げると遠く上の方に光るものが一つ

捨てたんだ僕は その光を捨てたんだ僕は

いままでがすべてだと思っていた僕は

いままでが一番だと思っていた

愛し愛されていたのかもしれない

愛されず愛せなかったのかもしれない

でも逃げたんじゃないんだ僕は

逃げてなんかいない

辺りを見回すと丸いカラーの真珠と

サンゴがぼんやりした灯をともしていた

どんなに似通った色があっても

みんな違うカラー

もう少し  もう少し歩いてみよう僕は

もう少し歩いてみるよ

そうすればこの階段が降りるべきものなのか

登るべきものなのかわかるだろう

もといた場所へ

帰るかもしれないし

帰らないかもしれない

君はいってしまっていんだよ

僕も歩くし

君も歩く

だから君も歩くべきだ そして僕も

いつか また 同じ場所へ行き着いて 僕達が

出会えることがあったなら またいつか