忙しかった仕事が最近一段落した。
今日1日をのんびりオフィスで過ごすであろう事を知っている。
忙しい朝はミキサーで作るバナナジュースを急いで飲んで出勤。
反対に今日のようなのんびりした日はロイヤルミルクティーを楽しめる。
本日の通勤の音にはピアノソナタを聞こうかな。
そして出発。
今日はなんだか調子が良い。
これからの1日、末広がりに楽しめるかもと理由もなく確信出来る。
お天気も最高。
気温も丁度いい。
バス停までの距離は3ブロック、徒歩5分。
この街はエリアごとに基本色がある。
その街の色彩で自分のいる所が分るようになっている。
もう住み始めて随分になるこのエリアは緑色が基本色。
ここ数年の流行りは透明の黄緑色。 未来的な感じだ。
オレンジ色が基本色のチャイナタウンを抜ける。
するとオフィスのあるダウンタウン金融街。
ここの基本色は赤色だ。
街を走るバスは真っ白。
大きく路線番号が立体映像装置で前、後ろ、両脇に映写されている。
いつもはオフィスからほんの目と鼻の先にあるバス停に止まるバスに乗る。
が今日に限っていつものバスは来ない。
仕方なくオフィスからは遠くなるが始業時間に到着できそうなバスに乗った。
真っ白なバスに乗りこみ一人がけの一番後ろの席に座る。
音のボリュームをあげて、これから約20分。
ゆっくりと流れるピアノの音にひたれる。
途中、チャイナタウンの辺りですごい数のパトカー、消防車が通りすぎた。
街のオレンジ色が徐々に濃くなり真っ赤な街に入った。
ダウンタウンの象徴である2本の海面まで達しそうな高い高層ビルを見た。
双子のビル「ジェミナイタワー」の一つに大きな穴があいている。
真っ赤な街に真っ黒な大きな穴は地獄を想像させる。
赤と黒は残酷な感じのする組み合わせだ。
おそろしい暗い大きな穴とは対照的に澄みきった水の色。
素晴らしい天気は変わらない。
これは天災ではない。
嫌な予感を本能がキャッチするのを自制した。
思考回路を無理やりストップさせる。
バスは終点に到着。
数ブロック先には真っ赤なビルに黒い大きな穴があいたジェミナイタワー。
最近なりを潜めていたテロかもしれない。
オフィスに連絡をしようと通り向こうの公衆電話を目指す。
周りのざわつきが一層増した気がした。
海面の方を見上げると同時に目の前のタワーから大きな爆発が起こった。
赤いビルから大きな津波がおしよせる。
ビルからは点々と見える赤いものが津波と一緒に流れ出した。
真っ赤なさんごの柱が砕ける。
水はとても暗くて淀んだ色。
その水飛沫をかぶるのが嫌だった。
周りの赤いビル群の影になるようにチャイナタウンを目指して歩いた。
赤い街の一角ダウンタウンの象徴の双子ビルはそれから間も無く倒壊した。
誰かがインタビューで語っていた。
小さなころ迷子になった時の母親からのアドバイス。
「ジェミナイビルを探しなさい。
そうすれば方角が分り自分のいる場所を確認出来るから。」
彼女は双子のタワーを単なる道しるべとしてではなく心の指針をたどる物の隠喩としてその崩壊を嘆いていた。
街の富、権力の象徴であった真っ赤な双子のビル。
赤い街はまるで地上で起こった昔の戦争の後のようだった。
地上に人がいたころもそう。
そして海の底に来てからも理想や平等は実現されていない。
富、権力は一所に集まってしまうらしい。
富、権力は独りが嫌いなようで集まると大きな力になる。
小さいとあまり自己主張もしない。
大人しく自分の本来の役目をまっとうしてくれるのに。
赤いダウンタウンは勢いとパワーがあった。
尋常でないほどのスピード感溢れる街の特性は麻薬のように人々を魅了する。 常に自分を失わない努力をしていないとその勢いに流されてしまう。
赤い街に飲みこまれてしまった人達は街と同じように赤い。
体内時計のスピードがどんどん早くなり、考える時間はない。
たくさんの赤い人達が自分を救う為に自分の心を開放する時を待たずしてそれは起こった。
原因要因の蓄積があふれた途端に起こるアレルギー反応のよう。
一気に崩壊がはじまる。
ジェミナイビルを崩壊させたのは反体制グループ。
彼らは地獄ををこう表現していた。
「真っ黒な淀んだ水の大津波で永遠に混沌とした水の中で生きる。」
今朝目撃したあのジェミナイビルの大津波の様子。
それは地獄絵図だった。
地獄への扉が口を開いたかの様に見えた。
自爆テロだったあの大津波のビルの中で死んでしまったたくさんの赤い人達はどこへ。
この世界の本当を知りたいと思った。